DANの今夜も泥酔で・・・

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台湾秘話・後編 22:38
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    僕を台湾に招待してくれたタカシさん(日本名)のご両親は横浜中華街の生まれで、その世代やもっと前の華僑の方々はちゃんとした言語教育が行き届いてなく、日本語も中国語も中途半端で大変苦労されているとか。それを見て育ったタカシさんは今でも困っている方達のためにもちゃんとした語学学校を作りたいと強い意志を持った青年だった。


    あれから8年ほど経つ。
    泊まらせていただいた部屋は世界中の若者達がシェアしていた寮で、別れ際に寮の共同電話の番号を書いてもらったが、当時もうすぐ出ると話をしていたので何の意味も無い。


    タカシさんは何処でどうしているだろう。
    そこでたまたま先日横浜開港150周年で配布された中華街マップを手に入れた。細かく全店舗が載っている地図を広げると、そういえばタカシさんのご両親が中華街のどこかでお店をやっていることを思い出す。店名が記憶の端にあるのだが、似た名前がいっぱい。


    これではラチがあかないと実家に帰り、狂った様に部屋をひっくり返し当時のメモを探す。あった!!!ありました!!寮の番号のメモの裏に店名が書いてあり、地図にも同じ名前が。


    これは行けということだ。恩人との再会と再び台湾への道が開かれた!
    明るくて元気で優しくて懐かしくてなんかせつない台湾。
    来年あたり行きたいわーん。
    まずは横浜か。
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    台湾秘話・前編 17:01
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      僕が初めてつくったアコーディオンの歌に「台湾娘」という歌がある。
      CDには入っていない曲だが、例えるならば長い音楽生活のデビュー曲かもしれない。多感だった高等部美術科一年生の時に校舎アトリエのバルコニーで何かが降りてきて、口ずさんで聴かせてはクラスの女子を困らせたものだ。
      この時点でアコーディオンとはまだ出会っていない。


      のちにアコーディオンを弾き始め、チェロ弾きとオリジナルのインストデュオを結成するが、アコーディオンを弾きながら歌うことができるんだと気付き、実験的に「台湾娘」のサビ以外に歌詞をつけてもらい、歌い始めるまで2年かそれ以上のタイムラグがある。


      のちにこの曲が引き金になり、台湾に本社のあるメジャーレーベルの社長に気に入っていただきCDデビューを果たし、世界中の映画祭の賞を獲得した映画のエンディングにも使っていただくことになる。


      それ以前に新宿の今はもう無いバーで毎晩歌っていた頃、深夜に偶然入ってきた台湾のお客さんがこの歌を聴き「僕は明日帰るのだけど、何週間でも何ヶ月でもいいから台湾に来てくれ」と誘っていただき、初の国外ツアーを果たした。実際「台湾娘」は大ウケで、その頃の台湾は日本ブームで行く先々で本当に手厚くしていただき、最高のライブになった。


      台湾のとある街角で急に涙がこぼれ出し、ものすごい郷愁感に襲われた時に、
      (ああ、昔ここに僕はいたのだな、だからあんな歌を作ったのだな)
      と何の不思議もなく実感したものだ。お帰りなさいと言われたような優しい気持ちと全身の血が波打った気がした。※後編へ続く

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